サル年の女。

人生ってすばらしい。

うまい文章を書くたったひとつのコツにやっと気づいた。

ライティングのスキルをあげるため、2ヶ月前から通信講座を受けています。

 

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週に一度2000字程度の投稿を見てもらい、OKがでたらWEBにアップしてもらえます。その他、2週に1度の講義。ライティングにお金をかけて勉強するのは2回目。1度目は、出勤前にもらった朝活のチラシがきっかけでした。

 

 

3時間かけて書いたのに、まったく読んでもらえないメール

その頃わたしは、会社の本部にいて、毎日400字以上の長ったらしいメールを何度も現場の社員に送りつけるという、自己満足だけの仕事をしていました。文字を削っても削っても、どうしても長くなる。はしょりすぎだと上司に増やされる。何時間もかけて書いたのに、まったく読まれずに質問の電話がくる。いかん、これはぜったいにいかん。本部にいる人間として、なんとかせないかん。

 

そう思っているときに、手に取ったチラシ。「思いを伝える」ライティングとあったような気がする。これは何かのきっかけになるかもしれない。書くスキルをプロに学んでみたい。何よりも、伝えたい。この思いで飛び込んでみた講座でした。

 

 

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書くことは生きること、ラブレターを書くように

初日から、この思いは一気にはじけました。きっかけどころか、人生のターニングポイントになった気がします。なによりも楽しい。楽しすぎる。おこがましいですが、書くことが得意だとは思ってもみませんでした。

 

スラスラとでてくる。ためこんでいたものを文字にして目にすることで、心も頭もクリアになる。爽快感がハンパなかった。「ラブレターを書くように」たいせつなことを教わりました。

 

細かいスキルはもちろんたくさんありますが、まずはそこが大前提。特に、書くということは日記ではないので、相手に伝えたい思いがあるから書く。その相手をおもってラブレターのように書く大切さを教わったはずでした。充分にわかったはずでした。

 

しかし、今。4ヶ月の朝活もおわり2年が過ぎました。ブログだけは続けていますが、どうもアクセスが伸びない。そもそも、社員にわかりやすく読みやすいメールを書くことが目的だったのに、それすら忘れている。

 

ラブレターを書くったって、相手が真剣に見てくれる人がいないんだから、まずは自分が書きたいことでしょ、と上から目線に戻っていました。

 

 

得意だと思っていたのに、苦手になってしまった。もうイヤだ。

 

だから、わたしはまた学ぶことにしました。今度は週一の課題への容赦ないダメだしが加わりました。そのおかげで、がんばるどころか、書くことがイヤになりました。

 

得意だと思っていたのに、苦手になってしまった。もうイヤだ。何のためにやっているのかわからない。そもそも、書くことなんて芸術のひとつだし、人に評価されなくたって、自分がいいならそれでいいんじゃないか、今のままでいいんじゃないか。またもや逃げたくなりました。

 

 

だけど、せっかくお金を出しているんだからと負けん気もまだ残っていました。なんてったって、学ぶのは2回目だし。残っている悔しさをバネに、週一の課題だけはこなしました。最初は「あなたの文章は自慢です」「もっと読者のことを考えてください」だったのが、あまり力を入れずに書いたものがポンとOKをもらえたりした。

 

なぜなんだろう。同じように書いたつもりだった。それからまだNGが何度かでた。だけど、また書き続けるとOKが連続してでた。あれ?

 

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人は単純で、あれだけ逃げようとしていたのにOKがでたとたん、他の人の文章まで読みたくなるほど、やる気がでてくる。プロが書いたもの、プロ級のスタッフさんが書いたもの、素人さんなのにアクセスが多く集まっているものを読み比べた。

 

その中で、どんなに長いものでも、最期まで読んでしまうものがいくつかあった。なんだろう。理由が知りたい。ワザを盗みたい。漢字が少ない? ちがう。共感しやすい内容? ちがう。それは、熱量の違いだった。

 

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書くということは、「目的」がある。その目的に対する熱量のちがいだけだった。わたしはそう感じた。いいと評価されている文章でも、これだけたくさんの記事があれば読むかどうか一瞬、選んでしまう。途中でつまらないと感じたら、もう読みたくない。そして、一度閉じてしまったそのページは一生、開かない。

 

最後まで読んでしまう文章は、熱量が小さくならない。むしろ、どんどん大きくなる。小説のように、はやくラストが知りたい。そのために、最後まで指をずらす。

 

ライティング講座でも教わった。途中で読むのをやめるとか、もう開かないというのは、絶対的に相手に主導権があって、だからこそ、書くことは相手を考えるべきなのだと。第1回目に教わったのと同じこと。ラブレターを書くように。

 

 

熱量を形にする力。そのために、突き詰められる貪欲さ

 

しかしながら、またここで立ち止まる。読んでいておもしろいものは、書き手が伝えたいことのほうが圧倒的に胸にどかーんとくるもの。読み手を意識して、こびたような文章はすぐにわかる。この逆説的な感じはなんだろう。徹底的に相手を意識したものと、徹底的に自分の伝えたいことにスポットをあてることは同じなのか?

 

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とりあえずの結論。まずは伝えたいことがある。そのために、どうすれば伝わるかを考える。伝えるスキルが身についている人が書くものは、読む人の胸にどかーんと大砲を命中させられる。つまり、うまい文章を書くためのたったひとつのコツは、熱量。それをを形にする力。それだと思う。書き続けるしか、道はない。