サルに生まれた女の日常。

人生ってすばらしい。

これからスパートをかけるところになって、私はしり込みしている。

昨日まで勢いよくブログを投稿したり、あたらしい企画に乗ったりしてたのに、今日は一転、ペースダウン。特に何があったというわけでもないが、こんな記憶がよみがえってきた。

 

 

これくらいでいいやと思って生きていた。

小学生の頃、毎年一月に行われる校内マラソン大会。大きな会場を借り、学年ごとに分かれてコースを走る。長距離走が得意なわたしは、いつも十位以内に入っていた。
 
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6年生のとき。ベンチから低学年生の走りを見ながら、私の気持ちは高まっていった。今年で最後だから観客席には母もいた。それは気にしない素振りで、慣れたように白い息をはいてスタートした。
 
 
一斉に走り出した女子約30名の走者も、一周目で先頭、中盤、その後のかたまりに分かれていく。とりあえず、先頭集団に入る。体の調子は悪くなさそうだ。
 
 
フッフ、ハー、フッフ、ハー。これがわたしの呼吸ペース。これを保てば、最後までお腹が痛くなることはない。二週目、三週目といくうちに、体調はこれまでで一番いいかもしれないと感じた。
 
 

出る杭は打たれるから、でない。

前にいる走者を軽々と追い越していく。まったく疲れを感じない。学年と同じ数だけトラックを周ればゴール。スタート地点で先生が何周目かを示すパネルをめくるのを確認する。

 

 

それは4週目で起きた。周回を教える先生が持つパネルの数字が「5」になっている。あれ?  まだ4周目なのに!  先生は、まっすぐ前を向いたままで、気づかない。
 
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急にあせってきた。酸素の薄い頭で一生懸命考えた。もしかして、私が間違っているのかもしれない。落ち着け。フッフ、ハー。スタート地点に戻ってきた。パネルの数字は6。
 
 
やっぱりちがう。体がぜんぜん疲れていない。だってまだ5週目なのだから。気づけば、3番目を走っていた。一気にペースを上げる。フッフ、ハー。フッフ、ハー。このまま行けば、すんなり1位になれる。
 
 
しかし、と私は思いとどまる。1位を走るのは、1年生の頃から毎年1位を獲ってきたエース。きっと今年も彼女が1位だと周囲も思っているだろう。
 
 
今でもその時の気持ちを覚えている。追い抜くべきなのだろうかとずっと迷いながら、目の前の背中を見ていた。私が抜けば、きっと彼女は残念がるだろう。
 
 
私は1位になんてなるつもりはなかった。でもなれるかもしれない。1位になりたい。でも、でも……。ゴールが迫ってくる。残り10メートルになった。そこで私の底の魂が行け、と叫んだ。全力で走った。ゴールテープを切ったのは、彼女だった。
 

 

 

「気づくのが遅いんだよ!」   そうじゃない。わかってたのに、やらなかった。

 

「ラストスパートが遅いんだよ」ベンチに戻る私にクラスメートの男子が言った。そんなことはわかっている。しかし、どこかでホッとしている自分も感じていた。あの時、もっと早く走り出すことはできた。あの時、先生に間違いを叫ぶこともできた。しかし、私はそうしなかった。
 
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今でも、目立つこと、一番になることにとても興味があるのに、いざそれを目の前にすると尻込みしてしまう。ブログを書いて、みんなにアピールしたい。世の中で輝く人々にもっと近づきたい。正しいことを主張したい。
 
 
口ではそう言っても、いざ目の前に差し出されるとわざと避けてしまう。飛び込めない。がむしゃらになれない。
 
 
フッフ、ハー。私の平常心を保つおまじない。そういえば、あの時も最後まで呼吸が乱れることはなかった。キレイに生きること。スマートにこなすこと。それが私の美学。
 
フッフ、ハー。けれど、そんなことじゃ何にもなれない。死ぬまで自分にすら、なれないかもしれない。これが私のペースだと思って生きてきたが、いつも不完全燃焼だ。
 
 
 
 

担任の先生は、わかっていた。


【自発】じはつ
1.他からの指示を待たず、自分から進んで行うこと。 「―による退学」
2.自然にそうなること。 「―の助動詞」
 

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卒業式で担任の先生にもらった言葉。私にはこれが足りないと先生はよくわかっていた。1位になりたい。優勝したい。わたしは、いつもそう思っている。誰からの期待でもなく。自発的に。
 
だけど、私はふさわしくないと誰かが言う。その声に負けて、自分の身の丈にあったペースで生きてきた。

 

 
今回も、これからスパートをかけるところになって尻込みしている。いつかゴールに向かって一目散にかけ出せる時がくるのを待っている。だけど、そんなタイミングはいつまで待ってもこない。そう気づいたときには、あの時と同じように時間切れ。
 
 
生きている限り、不安や恐怖がなくなることはない。前に進めば進むほど、大きくなるだろう。その気持ちと共存する覚悟を決めるのは、自発的に生きる覚悟を決めるとき。誰からの声でもなく、自分の心の底からでる声だけを聞いて、生きる。