サルに生まれたオンナの日常。

人生ってすばらしい。

がめつく生きろってなんだよ。20年前の先生に言いたいことがある。


「がめつくなれよ、もっと」

 

f:id:kinandun:20170727073306j:image

はぁ? しかなかった。三者面談で目の前にいる担任の先生の言葉。隣に座っている母も黙っているので、同じ気持ちだろうとチラッと見やると、なんと泣いていた。家に帰ってからも母は、「あの先生だけよ、あんたのこと、わかっとるのは」とまたウルウルしていた。意味がわからない。

「がめつくなれ」とは、標準語風に言えば「積極的に」の意味。もっと汚く言えば、「人を蹴落とすぐらいの気持ちでいけ」学区内で最難関の高校を目指すなら、それくらいの気持ちでいけ、と先生からの激励だった。

 

心を打ち抜かれたのは母だけ。そう言われても、私的には努力しているし、野心だって隠しているだけでけっこうある。敵意をむき出しにするのはかっこ悪いし、能ある鷹は爪を隠すっていうやん。もっと欲望をむき出しにしろとか言われても、高校受験のために生き方のスタンスを変えろってか。

 

モンモンとしている私をよそに、母はすっきり顔。自分の代わりに先生が言ってくれたから大丈夫。そう思っているみたいだった。こっちは全然、納得してないんだよ。いったい、何がいけないのさ、ふん。

学校の先生にそんなことを言われたのは、これが二度目。最初は小学校の卒業式。約30人のクラスで順番に先生から呼ばれて、色紙に書かれた、生徒にぴったりの言葉をもらう。愛とか誠とか、かっこいい言葉をもらってうれしそうに戻ってくる友達を見て、ワクワクしていた。

 

男子と本気で取っ組み合いのケンカをする学校一の熱血先生で、生徒にこびないところが好きだった。やっと名前を呼ばれて前に出る。だけど、そこに書かれていたのは、「自発」の二文字だった。は? なんじゃそれ? もっとカッコいいのないの? 私、けっこう努力するし、成績も悪くないし、クラスのみんなと仲良くできる。もっと他にあるでしょ、ほら、なんていうか……。

「お前はナニもらった?」「オレはこれ!」先生からもらった言葉はゼッケンの背番号みたいで、自分の代名詞のようにみんなうれしそうに話している。だけど、私はその輪の中に入れない。

 

自発? なにそれ? これが私の代名詞? どういう意味? 自分で発する? 何を? バカと書かれた紙を背中に貼られているくらい、はずかしかった。友達の言葉は、その人となりを表しているのに、私のは明らかにお前にはこれが足りないと言われていた。なんで、なんで私だけ。

いったい何なの、先生たちは。私の何を見ているの? 自発。がめつくなれ。どうすればいいの? 人の気持ちなんて無視して、やりたいようにやれってこと? 答えのないまま20年近くが過ぎた。そして、もうそんなことなんて忘れていた。

娘が昼寝をしている間は、撮り溜めているビデオの時間。たまたま付けたのは、職業も性格も違う女子二人が、一週間だけ香港に住んでみるという番組だった。

 

冒頭から胸がぞわっとした。二人で住む部屋、行きたいところ、食べたいもの、撮りたい写真をどんどん言って、どんどん実現していく人と、「特にこだわりないから」と言って流れていくだけの人。テレビなんだし、楽しい! かわいい! おいしい! というのは当たり前で、二人とも満喫しているように見えるのに、決定的に違うことがあった。やりたいことを発言して、自分で実行していく人と、その流れに乗っかっるだけの人。

これまでの私は、誰かが作った波に乗っかって楽しそうに泳いでいるだけの人生だった。だけど、乗りたい波に向かって走ったり、波すらも自分で作る人に猛烈に惹かれた。それこそ、「がめつく」生きていた。傍から見ていて、そっちのほうがゼッタイ楽しそうだった。

先生も私をそんな風に見ていた? もっと自分の気持ちを外に出せ。外に出すことは相手を押し込めることじゃない。自分の人生、限りある時間をどう使うか、自分で舵を取ってごらん。舵を取るのは「こうなりたい」っていう夢があるから。「こうしたほうがいいのかな」じゃなくて、「こうなる」それさえあれば、もっと楽しくなるよ。お前にはそれができる。先生はそう言ってたのか……。

舵を取るのが怖かった。人の思うように生きないと自分には何もないから、とりあえずめちゃくちゃ努力して、人の望むように、はみださない程度にやればいい。そうすれば、傷つかないから。傷つきたくない。私、ずっとそう思ってた。だから、気持ちを隠してきた。だけど、傷つかないように生きても何も楽しくない。楽しく生きていない人を見ると、なんか悲しくなる。これじゃ、ダメだよなって思う。私、もしかしたら、そんな人だったのかも。なんか、めっちゃくやしい。

人生にがめつくなれ。楽しむことにがめつくなれ。先生、やっとわかったかもしれない。私、見つけたかもしれない。今、こうやって書いているのは、自分で発するってことですよね? どこかで見ててくださいよ! 遅くなったけど、今からゼッタイがめつく生きてやるから!


がめつく生きろってなんだよ。20年前の先生に言いたいことがある《ふるさとグランプリ》 | 天狼院書店

娘よ、年齢に自由であれ、選択に幸せであれ!

 

特別お題「『選択』と『年齢』」

Sponsored by SK-II

 

理想の30歳は、母だった。

 

結婚して、専業主婦になって、子どもが二人くらいいて、それなりの生活をしている。ほわーんとではあるが、日曜日の朝に母が焼いてくれた、ふわふわのパンケーキのように甘くて、やわらかくて、幸せな感じ。

 

きっと、どうやったって、そうなるだろうと思ってた。だけど、現実の30歳はまったく違ってた。まず、結婚していない。予定もない。だから、専業主婦でもないし、子どももいない。その代わり、仕事には部下がいて、満足いくテリトリーは任せてもらえるようになった。実家暮らしだから、お金もある。旅行だって行ける。

 

さて、あの頃、一緒に旅をする彼氏はいただろうか。あぁ、いなかった。1年前くらいに別れた。3年くらいダラダラ付き合って、もうやめたほうがいいんだろうなとはじめて思って別れた。家に帰ったり、帰らなかったりを繰り返していたのに、何も言わなかった父に、別れたときだけ報告した。母がそうしなさいと言ったから。

 

30歳までもうすぐの娘が泣きながら、男と別れた報告をするなんて、今思っても、父はどんな気持ちだっただろうとむなしくなる。父がひと言だけ言ったのは、「相手がよりを戻したいと言っても許さない」と。それはきっと、「お前、ここまでしたんだから、もう振り返るなよ」とわたしへのメッセージだったのだろう。結局、相手から戻りたいなんてことはひと言もなく、私が想うほど、相手は想っていなかったんだと、その時はじめて気づくのだった。

 

母が30歳のときは、もう私も弟もいて、その2年後に妹が生まれる。「あの頃のことは覚えていない、毎日、無我夢中だった」と母は幸せそうに言う。大学生になる頃はまだ私も、母と同じように学生のときに彼氏ができて、そのまま結婚するんだろうなと夢を見ていた。まさか彼氏すらできず、30歳になっても男とうまく別れることすらできない女になっているなんて、想像もしなかったし、なりたくもなかった。なのに、そうなっちゃってる。

 

いったい何がいけないの? まじめに生きてきて、人を好きになっただけなのに、どうしてこんなに、むなしくならなきゃいけないの? 幸せのパンケーキを切望しているくせに、そこにたどり着くまでの道を探そうとはしなかった。まあ、いつか何かのタイミングでやってくるだろう。ちょっと道に迷っているだけ。パンケーキに足がついていて、私を探すのに手間どっている。泣いた3日後には、そんな風に思っていた。

 

それから後、これで決める! と思える人を友達に紹介してもらったけれど半年でダメになり、父よりも年上の相手とお見合い話がきたりした。お見合いの後、三件目の誘いを断り、帰る夜道が真っ暗で、「なにやってんだろ、私」と未来さえ、真っ暗になった。

 

30歳になれば、なんとなく思い描く幸せが待っているはずだったのに、それは母がたどってきた道のただの回想シーンで、私の道はまったく別にある。最初から全然ちがうところを歩いていて、ゴールも違うのかもしれない。やっとそう思えた。そして私は家を出た。32歳だった。

 

ぼんやり見えていたはずの道は、はじめからなかった。どこに行くかわからないけれど、今、自分が立っている場所から新しく道を作ってみたら、思った以上に楽しくやれた。そこから1年でパンケーキ屋にたどり着いた。本当なら、母と同じ23歳でたどり着くはずだったゴール。結婚はゴールじゃないって友達にも言われたけれど、私にとってはゴールだった。母のゴールではない、自分のゴールを決められたことが本当にうれしかった。

 

母とおなじ23歳で結婚のつもりが、32歳になった。

母とおなじ24歳で出産のつもりが、36歳になった。

 

それでも私は後悔してない。半分以上、強がりで、後悔したってどうにもならないから、そう言ってるだけ。だけど、今、横で寝ている0歳の娘が30歳になるまでに、ひとつだけはっきり教えられることがある。30年後はAIとか、地球環境とか、ものすごく変わっているんだろうけど、結婚、出産のような女性の悩みはそんなに変わってない気がする。なぜなら、一番身近にいる女性のお母さんがお手本になるから。お母さんと同じくらい幸せに、お母さんと同じような道を、逆にお母さんみたいにならないようにと、お母さん基準で考えてしまうから。

 

だけど、それは違う。けっこう回り道して、泣いて、傷つけて、はずかしくて、親に迷惑かけてからわかったことは、幸せになるのはお母さんじゃなくて、私だったってこと。私が幸せになったら、お母さんも幸せだったってこと。「お母さんのこと、大好きなのはすごくうれしいけど、どの道を選んでゴールにたどり着くかは、自分で決めていいんだよ。お母さんの年なんて気にしなくていいんだよ」娘には、これだけを伝えたいなぁと、パンケーキの味もまだ知らないわが子の横で思うのでした。

 

 

f:id:kinandun:20170726180741j:plain

 

 

 

 

 

 

 

本当のことは誰も言ってくれない。好きだけじゃダメなのね。

f:id:kinandun:20170723090559j:image

こんなはずじゃなかった……。

正直な気持ち。でも誰にも言えない。だって、望んで、望んで、病院にも通って産まれてきた子だもん。

「お母さんしかダメな時期がくるよ。きついよー」
「マジで何もできんよ」

育児には覚悟が必要だ。産んでからが大変だ。先輩ママたちのアドバイスは嘘だとは思わなかったけど、自分には半分くらいしか関係ないと思ってた。むしろ、そういうママたちを覚めた目で見ていた。だって、わたし、子ども大好きだし。

 

大変なのはわかる。でも、それなりの覚悟はある。仕事を休んで、念願の専業主婦にもなれるし。ありがとう! 赤ちゃん! まあるく張ったおなかをさすりながら、私だけは大丈夫、そう思っていた。いざとなれば、助けてくれる人はいるんだし。家族だけでなく、通りすがりの人にまでいたわってもらえる日々がこのまま続くと思っていた。

それは完全に気のせいだった。気遣ってもらえるのは妊婦のときだけ。思えば、あの頃が一番幸せだった。産んでからが大変なのに、誰も手伝ってくれない。お母さんしかダメなのはわかったけど、私じゃなくてもやれることすら、ぜんぶ私がやらないといけない。専業主婦だから。腕がイタイ。肩がイタイ。腰がイタイ。ついに膝まできた。それなのに、娘はどんどん重くなる。そして、どんどん私を求める。助けを求めるのは、あの時の自分に負けるみたいでイヤだった。

あー、マジでこんなはずじゃなかった。オムツのCMで見るような、幸せにあふれた母と子の笑顔なんて、どこにもない。真っ白でキレイなリビングもない。窓から光が差し込んで、風にカーテンがゆれる、さわやかな空気なんて、ない! 

 

髪ボサボサ、肌ガサガサ、めがね跡くっきり。娘の顔はよだれでドロドロ、服は汚れっぱなし。リビングの床はベタベタ。ずっと引きこもっているから、部屋の空気は重苦しい。こんな生活だなんて、誰も言ってくれなかったよね? もしかして、私だけなの? どんどん追い込まれる。

それでも娘は毎日成長する。こんなにボロボロの私でも、母だと認めてくれる。生まれてすぐの頃に比べたら、ごはんも食べられるようになった。病気を怖がり過ぎなくてもよくなった。あやせば、泣き止むようになった。一日一日は大変だけど、一ヶ月前と比べたら、楽になったこともある。

 

もう少しがんばれば、歩けるようになれば、もっとラクになる。そう言い聞かせていたのに、娘が歩き始める一歳まで、あと三ヶ月を切った頃、三人の子どもを育てる友達から応援メッセージと一緒にとどめの一発がきた。「そのうち、抱っこひも、ベビーカーも拒否、昼寝なしのハードな時期がやってくるよ。子育て、大変だけどがんばろうね!」

えーーー! なんだとーーー! 聞いてない! なんでそんなことになるの? ってか、本当に聞いてないしね! 「大変だよ」なんて、ふんわりした言葉じゃわからない。一人の時間がないことの辛さ、集中していることを突然やめされられることのイライラ、会話にならないもどかしさ。その人の相手を一日最低でも12時間、たった一人でするなんて、これはいったい、なんの修行? 私は修行するために子どもを産んだんじゃない。かわいい我が子が家族になったら、もっと幸せになれる。そう思っただけ。それだけじゃダメなの? 好きだけじゃダメだったの?

「やっとわかったね……」どこからか声がした。それはまだ私が子育てを夢見ていた頃、アドバイスしてくれたお母さんたちの声。「ついに、こっちの世界の辛さがわかったね。」暗闇から目だけを光らせて、こっちを見てる。「だから言ったでしょ」外の世界では決して見られない顔。外のお母さんはみんな、CMに出てくるような笑顔で子どもと遊んでる。だけど、家に帰ればそこは戦場と化す。

「幸せ? そんなの当たり前。だけど、それだけじゃない。人生なんて、そういうもの」私は愕然とする。本当の、本当のことは誰も言ってくれない。だって、いくら言ってもわかりっこない。自分がそうだった。いろんな人に、いろんなアドバイスをもらったけど、心に響いたものはひとつもなかった。むしろ、うとましく思うこともあった。

「そういうことか……」一人、納得する。好きだけじゃプロにはなれない、好きだけじゃ結婚できない、好きだけじゃ子育てはできない。これまでは、なんとなくわかるようで、納得できない言葉だった。今ならわかる。何かを始めるときは、覚悟が必要なんだ。

 

壁にぶち当たっても、こんなはずじゃないことが起きても、光が見えるまで、どうにかやりぬく覚悟。壁はきっと乗り越えられる。そのための心の準備はできても、回避はできない。でも逃げて欲しくない。その先には先輩たちがたどり着いた、光あふれる景色が待っているから。

 

だから私も「子育てって、どうですか?」とキラキラした目で聞かれたら、笑顔でこう言う。「やっぱり子どもはかわいいよ。でも、それだけじゃないけどね……」がんばって! の言葉は飲み込んで。



本当のことは誰も言ってくれない。好きだけじゃダメなのね。《ふるさとグランプリ》 | 天狼院書店

やっと開放されたと思ったのが間違いでした。社会で生きぬくことを思い知らされた日


「ダメ!」ハイハイする娘の前に立ちはだかり、にらみつける男の子。言葉がわからない娘は、きょとんと見上げるだけで動こうとしない。私は「ごめんね!」と言って、さっと娘を抱き上げた。

 

f:id:kinandun:20170721223933j:image


ここはイオンモールの子ども遊びスペース。抱き上げた娘の下には、丸くかたどられたクッションのようなものがあって、それが飛び石のよう八つくらい並んでいる。

 

歩ける子どもたちは、ぴょんぴょん飛んで遊ぶ。ハイハイまでの子どもたちは、その丸をめがけて一目散に進んでいく。横から足が飛んでくるなんてわかっていない。もちろん、ジャマするつもりもない。だけど、せっかく遊んでいたのに道をさえぎられた男の子は怒って、娘をにらみつけて「ダメ!」と言った。


にらまれた本人は何もわかっていないのに、その一部始終を見ていた私がなぜか、ものすごく傷ついた。そんなに言わなくてもいいやん! まだ赤ちゃんなんやから! 男の子にそういってやりたい気持ちを抑えながら、あぁ、こういうことか……と思った。ここは子どもスペースなんかじゃない。社会だ。

 

自分よりも年上の人たちが、共有スペースを我が物顔で占領していて、何もわからず飛び込んだ新人に「こら! ルールを無視するな!」と怒る。10ヶ月の育休で忘れていたけれど、職場でよくある光景だった。


家で二人きりで過ごしていれば、こんなこともない。だけど、ずっと二人きりの世界に娘を閉じ込めておくこともできない。秋に生まれた娘。冬を越せば、春になればと外の世界に出るのを先送りにしてきたけれど、もう夏になってしまった。


外の世界がおっくうなのは、もうひとつ理由があった。「寝返りは?」「歯は生えた?」「9キロ? 大きいね」自分の子の成長を、他人のモノサシで早い遅い、大きい小さいなどと簡単に判断されるのがイヤだった。

 

男の子の「ダメ!」は、「お前の育て方がダメ!」と言われたみたいで、10分たっても消えることはなかった。娘をにらみつけた、あの目が忘れられない。こんなことなら、ここに来るのはやめよう。やっぱり歩けるようになってからにしよう。娘が動き回らないように腰を持ったまま座らせ、走る子どもたちをぼーっと眺めていた。


すると、ピンクのワンピースを着たショートカットの女の子が近づいてきた。娘が私にしがみついてきた。ぎゅっと抱きしめる。「……赤ちゃん?」娘をじっと見て言うその子に「赤ちゃんだよ」と答えると、右手をそっと出して娘の頭を優しくなで、「かわいい」と言った。

 

涙が出そうだった。娘も怖がっていなかった。女の子のほうに向きなおさせると、娘の目線までしゃがんで、その小さい手で顔を隠し、「いない、いない、ばぁ」とした。娘がにこっと笑った。「何才?」女の子が私に聞く。親指と人差し指で丸を作り、「ゼロ才だよ、ゼロ」と言うと、「そうかぁ、ゼロ才かぁ。ミウはね、三才」と答える。「三才かぁ、もうお姉さんだね」


子どもと話してる感じじゃなかった。フツーの会話ができた。それだけでうれしかった。優しいお姉さんが孤独な新人たちを助けてくれた。こんな社会なら、もう少しがんばれそう。そう思ったのもつかの間、ミウちゃんが「遊ぼう」と投げてくれたボールを女の子がさっと奪い取った。

 

ミウちゃんは、あ!と言って、女の子を指差し、私のほうを見た。え! 私に助けを求めている? ボールを取った女の子を見つめていると、女の子はボールを投げ返し逃げていった。あー、よかった。ほっとしていると、小さいうちわが落ちているのに気づいた。さっきの子が落としていったものだ。それをミウちゃんが拾う。


「わーん!」離れたところから大きな泣き声。走り去った女の子が、お母さんにしがみついて泣いている。うちわを取られたと母親に泣きついているようだ。どうしよう。傍から見たら、ミウちゃんは私の子だった。私は必死でミウちゃんに、「それ誰の?」と聞く。「落としていったの」と答えるミウちゃんにすかさず、「あの子のじゃない?」と指差す。かしこいミウちゃんは、走ってうちわを返しに行く。だけど、女の子は受け取らない。母親も困り顔。

 

しばらく様子を見守っていたが、どうやらうちわのせいで泣いてるようではなさそうだ。私はミウちゃんに、もう戻っておいでと言いたかったが、10メートルくらい離れている。しかも、私の子ではない。


するとそこへ、さっきよりも大きな声で泣き叫ぶ声。母親に抱きかかえられながら、ジタバタする女の子。「あんたが悪い! あやまりなさい!」どうやら、うちわは関係なく、その二人のけんかだったようだ。ごめん、ミウちゃん、もう戻っておいで。娘と静かに遊ぼうよ。念じたけれど届かず、そのうち娘がぐずりだした。何度かあやしたけれどダメで、仕方なくベビーカーに乗せていると、ミウちゃんが滑り台のほうに走っていくのが見えた。私たちのことはもう忘れているようで、悲しかった。後ろ髪を引かれながら、私は家に帰った。


二人きりの静かなリビングに戻っても、私の興奮は消えていなかった。たった20分くらいのことだったのに、私は社会の荒波にまた戻ってきたことを思い知らされた。何でも独り占めしたい男の子、みんなに優しくできるミウちゃん、親に怒られても謝らない女の子。人間関係のど真ん中にいた。とても疲れた。36年生きてきて、だいぶラクになったと思っていたのに、娘とまたゼロからのスタートなんだ。

 

だけど、めげてる場合じゃない、そして勘違いしてもいけない。これは私ではなく、娘の人生だ。一緒にがんばろう。乗り越えよう。生きている限り、社会からは逃れられないと思い知らされた日だった。まずはミウちゃんと友達になりたいな。仲間を作らなければ。

 

やっと開放されたと思ったのが、間違いでした。社会で生き抜くことを思い知らされた日 | 天狼院書店

ありのままの自分なんて、いない。そろそろ、目を覚まそうと思う。



「……完璧主義なんですよね」

 

f:id:kinandun:20170712155119j:image

 


テレビを見ていて固まった。もっと優しい言葉を待っていたのに。相談した本人も、「あ、そうかも……」と納得しようとしていたけれど、目が笑っていなかった。

テレビで、最近結婚したモデルさんがスピリチュアルカウンセラーの江原啓之さんに悩み相談をしていた。幸せそうで、なんの悩みもないように見えるのに、「人前で自然体でいられない」との相談。それに対して、3秒くらい間をおいて、ばっさりとあの答え。

ばっさり過ぎて、すぐには意味がわからなかった。だけど、なんのオブラートにも包まれていない「本当」を言われたのはわかった。もうそれ以上言わないでくれ。キズをえぐらないでくれ。たった15分の番組なのに、閻魔さまの前に正座させられてる感じだった。逃げたいのに、テレビの前から動けなかった。

4日前から、娘を連れて実家に帰ってきている。5年前まで30年近く住みついた実家。ひさしぶりにトイレに入ってもなんの違和感もない。すべての家事を放り投げられる実家に帰るのはたのしみで仕方がなかったのだけど、ひとつ気がかりなことがあった。

 

それは、実家の雰囲気に飲まれること。京都で夫と娘と過ごしているときは、コーチングを受けたり、ライティングの勉強をしたり、わりとアクティブな気持ちでいられるのに、実家にいると、すべてがおっくうになる。そんなにがんばらなくてもいいんじゃない? ゆっくりしなよ。ありがたい言葉なのに、それに甘えてしまうと世間からおいてきぼりになる気がする。自分だけ進化してないみたいな。

それが実家のよさなのかもしれないけれど、京都にいるときのわたしと、福岡の実家に帰ってきたときのわたしが分裂してるようで怖い。それが、「自然体でいられない」という悩みと同じだった。言いかえれば、どっちが本当のわたし? ありのままでいたいのに、わからない! というような。

占いやスピリチュアルな話は、昔からだいすきで、こーゆー悩みにはいつも、その人にしかわからないトラウマがあって、それを優しくひもといていくことで、最後には泣きながら、「素直になります」なんて、共感できるしめくくりのはずだった。

だけど、今回はまったくちがう。「おまえの完璧主義がいけなんだ!」と一刀両断。それが本当の答えであるのは、自分が一番わかった。

 

言葉にするのはむずかしいけれど、わたしなりに解釈してみるとこんな感じ。自然体とはつまり、どんなときも同じ状態の自分。誰が目の前にいても、まわりがどんな状況であっても。でも、よく考えたらそんなことありえない。まわりの状況にあわせて、臨機応変に変えていけるのが大人の対応。ありのままでいいのは赤ちゃんだけ。

自然体でいたいのは、言いかえればワガママ。自分が気持ちよくいたいだけ。ほんとうは相手に合わせるなんて、めんどくさい。すばらしい(と思っている)自分をいつだって受け入れてほしい。だけど、そうして嫌われるのがこわいから、周りに合わせる。そのひとつひとつの言動が、その場にぴったりだったのか、すばらしい自分を演じられたのか、常に気にしている。完璧を目指している。だから、ほんとうの自分じゃない気がして、自然体でいられないという悩みになる。

 

「完璧主義なんですよね」をもっと突き刺さるように言い換えると、「完璧な自分を目指すなんて、バカげた主義をやめれば、そんな悩みなんて消えるよね?」となる。

そのモデルさんは、はたから見ればモデルとしての地位も築いているし、好感度も低くないし、上々でしょ、と思える人。それなのに完璧主義がゆえに、もっと自分をよく見せようとして人生に満足できてないんだとしたら、めちゃくちゃもったいない。美貌もスタイルも、幸せな生活も手に入れているのに、いつも「ほんとうのわたしじゃない」て思いながら生きるのって……。

自分におきかえれば、京都でも福岡でも、わたしを受け入れて自由にさせてくれる場所があるのに、「どっちが本当のわたし?」だなんて、本当にバカだ。どっちもお前なんだよ! うだうだ言ってないで、たのしく生きろよ! やっと納得できる答えが見つかった気がした。

ありのままの姿みせるのよ
ありのままの自分になるの

こんな歌、流行りましたよね。当時は、「やっぱりね!」と主人公のようにいつの日か生まれ変わる自分をイメージしては、現実に不満をいうだけだった。だけど、ありのままの自分なんて、いない。今、ここにいるわたしがすべて。ありのままを目指し続ける限り、ほんとうのわたしを探し続ける限り、人生の時間をムダにしていくだけ。そんなのもったいない。

少しも寒くないのは、まわりを見ていないだけかもしれない。そろそろ、目を覚まそうと思う。



ありのままの自分なんて、ない。そろそろ目を覚まそうと思う。《ふるさとグランプリ》 | 天狼院書店

見えない未来は、びりびりの本から作られる

f:id:kinandun:20170630200029j:image


「あ! なにこれ!」


仕事から帰ってきた夫の目の前にあったのは、ぼろぼろになった私の文庫本だった。モノを大切にする夫には、信じられない光景……であることはわかっていた。だからあえて私はすぐ目に付くカウンターキッチンの上にそれを置いていた。予想どおりの反応に、予定どおりの答えをかえす。


「うん、ともちんがすきでね、それ」


もうすぐ9ヶ月になる娘のともちん。近ごろ、私が手に持っているものが大好き。ともちんを横にころがせて、自分もベッドに横になって好きな本を読んで、眠たくなってきたらいっしょに昼寝をするのが至福のとき。だけど、最近のともちんは自分のおもちゃよりも、わたしが手に持っている本に向かって必死でおおいかぶさってくるようになった。

 

はじめのうちは、ダメよと言って見えないところにしまっていたが、今日は、それがかわいそうになって、表紙だけを渡してみたところ、ハイエナのように飛びつき、むしゃむしゃかぶりついた。一瞬、あーぁと思ったけれど、中身さえ読めればよかったから、しめしめと思い直してつづきを読んだ。

 


いよいよ表紙の端が切れそうになった頃、ともちんからそれを取り上げた。きょとんとしていたけれど、獲物に少しでもありつけたことで、満足そうにも見えた。そして、次はこれだ! と本に飛びかかってきた。

 

表紙がぼろぼろになったことで、何かがふっきれていた私は、読みかけのページにしおりをはさむこともせず、まるごと渡してみた。むしゃむしゃ。抵抗する気もない文庫本は、付けたくないところに折り目がつけられ、端のほうはよだれでしわしわになった。むざんな姿になったわたしの本。でも、心はなぜか爽快だった。部屋の窓は閉めていたのに、風が吹いた気がした。遊び疲れた娘と私は、そのあと2時間爆睡した。

 


夫は本当にものを大事にする人。もともと私は本の表紙は読むのにジャマだから、買ってまもなく無くしてしまう派だった。夫は「もったいない。いつか古本屋に売るかもしれない」といって、帯まで取っておく派。表紙のない本を見つけるたびに、「あー、またない」と言われるのがイヤで取っておくようになった。だけど、古本屋に売るつもりのない本を帯までつけてキレイにキレイにとっておく必要はないと心の中で思っていた。

 


大事にするってなに? 

 

びりびりになった文庫本をみて、私の中でひとつの疑問がわいた。娘は本を大事にしていないわけじゃない。ただ、興味があるだけ。はじめてみるもの。光にあたると光る表紙。赤ちゃんが単純に、「なに、それ!」と手を伸ばしたものを、大人の「大事」で取り上げてしまうとどうなるのだろう。娘は、あたらしいものへの反応は何一つ得られず、もう遊び方のわかってしまったおもちゃで同じように遊ぶしかない。娘の成長は一つもない代わりに、大人は一冊の本を大事に本棚にしまう。

 

本と娘、どっちが大事なの? そんなバカらしい質問はだれもしてくれないから、自分でするしかない。もちろん娘に決まっている。それなのに私はついさっきまで、これから限りない可能性を秘めた子の興味を、たった600円かそこらの文庫本を守るために奪おうとした。


「すごいねぇ、ぼくにはそんなことできないわ」


無残な姿になった本を見て、夫が言った。そう、そう言って欲しかった。私はすごいことをした。本を手に取ったときの娘の目の輝き、体の動き。あれはぜったいに今しかないし、大人の勝手でなくしてしまってはぜったいにいけないもの。夫がモノを大事にするのと同じくらい、私は娘がやりたいことを大事にしたい。


「ともちんには好きなことをして生きて欲しいなぁ」娘が生まれてから、夫がこれまで5回は口にしていたと思う。それなら、と思う。興味のある本くらい、びりびりにさせてやろうよ、たいしたことないって。「好きなことをして生きて欲しい」子どもにそう願うのは私も同じ。それなら、まずは自分がそう生きようよ。本がびりびりになることを恐れてるくらいじゃ、何も進まない。

 

「あれダメ、これダメ」を子どもに言うたびに、自分の可能性を小さくしている気がする。子どもといっしょに飛び立とうよ。好きなことしようよ。本なんて、表紙も、帯もいらない。中身だって、読んでしまえば、心の中にある。目に見えるもので安心する生き方よりも、見えない未来を大切にしようよ。わたしは夫にそう言いたかったのだと気づいた。娘のはじめての獲物になった文庫本には申し訳ないけれど、もしかするとあなたは自らその役を買って出てくれたのかもしれませんね。


その本の名は、アルケミスト ~夢を旅した少年~

 

見えない未来は、びりびりの本から作られる | 天狼院書店

乳首が透けても、そこはパリコレのランウェイ

どんなに仲のいい友達でも、ひた隠しにしていることがある。それは、わたしは家の中で着替えないということ。

 

パジャマと部屋着の区別がない。生まれたときからあたりまえで、パジャマという単語も知っていたけれど、朝起きたらパジャマを部屋着に着替えるなんて、父も母もしていなかったから、そんなもんだと思っていた。だけど、中学2年のころ、友達の家に女7、8人で泊まりにいくことがあった。パジャマを持っていなかったわたしに、母がこれにしなさいと渡してくれたのは、ものすごい派手な花柄のスウェットで、「なにそれ!」と大笑いされたのを覚えている。

 

そんなことがあっても、わたしはへこたれず、暑すぎる日は弟か父がはき古したトランクスをパンツ替わりにはくなんて、やばいことをやっていた。それは家の中だけでの話しだから別にいいと思っていたし、さすがに宅急便がきたときに、トランクスで玄関をあけるなんてことはなかった。なによりラクだった。毎日洗濯すれば、清潔だし、わざわざ人が見ていないところで、せっせと着替えるめんどくささよりも、ラクさをとるのがうちの家だった。

 

他にも、締め付けたりするものはとにかくキライで、ヒールをはくのは結婚式くらい。ブラジャーも家に帰ったらすぐにはずしていたし、胸の形がわからない洋服なら付けない日もあった。いけないのは、なんとなくわかっていたけれど、それで人間関係に支障がでることもなかったし、なんせラク。ラクを捨ててまで、流儀にこだわるつもりもなかった。

 

けれど、わたしが結婚した相手は冗談半分で「皇太子のように育ちました」と言っても、本当に聞こえるほど、流儀やルールを大切にする人だった。夏には夏用のパジャマ、冬用、春秋用なんてものまで持っていた。おふろあがりは、お互いTシャツ、短パンと似たような格好をしているのに、寝るときになると夫は、いつ着替えたのか上下おそろいのパジャマでボタンも上から下まできれいにとめて、ふとんに入る。

 

わたしにパジャマを強要する人ではなかったけれど、なんか自分がだらしない人のように思える夜もあり、イオンをぶらついていたときに、たまたま下着屋さんで見つけたセールのパジャマっぽいのを買ってみたけれど、それを上下おそろいで着た日は数日しかなく、上はいつものTシャツで、下は勢いで買ってみたパジャマ風のものと、結局なにも変わらない格好に落ち着いてしまうのだった。

 

別にそれでケンカすることもないし、かわいいパジャマとかへの憧れはあるけれど、もう私はその領域にいくことはないと思っていた。夫もそれでいいはずだし。

 

それでも私はひとつだけ気になっていた。それはTシャツからいつも乳首が透けて見えていることだった。そこの恥じらいを本当にどうでもいいと思ってしまったら、もう夫婦はおしまいな気がする。でもTシャツ一枚だとどうしても透けるし、冬でも油断すると形が浮き出ていた。

 

夜用のブラジャーも買ってみたけれど、締め付け感がイヤでボツになった。パジャマはめんどくさいといいながら、ちゃんとした感じも捨て切れていないのだ。いつも一緒にいる相手が毎晩、きれいに着替えているのを見ているから。けれど、長年の習慣は捨てられない。かといって、皇太子さまのように育てられた夫に、乳首スケスケのスタイルを認めてくださいと正面気って言えるほどではない。

 

乳首は空気のように、ないものとしていつもそこにあった。結婚してすぐの頃は、ツッコミ合っていたけれど、もう話題にもならないほどあきれられているのかもと思っていた。

 

昨晩、夫が歯磨きをしながら「なんかそれ、パリコレみたいやね」と言った。「え?」「乳首、透けてる」2秒の沈黙。「あー! いいね、それ! めっちゃいいたとえやん!」わたしは高揚していた。わたしの乳首を一番認めてほしいけれど、一番認めてくれそうになかった夫が、あの皇太子もどきの夫が、わたしの乳首をパリコレだと言った! 

 

「そうやね! それでいいね! これからはパリコレのつもりでおれば、いいね! もうブラジャーもいらんね!」ここぞとばかりに、自分のズボラ度を認めてもらおうとたたみかけた。「いや、ブラジャーは……。ファッションだから。ブラジャーの形があるとファッションにならんやろ」夫はそこはちがうと一生懸命、説明しようとした。

 

「え……。じゃあ、やっぱりブラジャーはつけて欲しいってことなんや」「だって、あみちゃんのおっぱいが新喜劇みたいに垂れたらイヤやもん。こんな風に」おばあちゃんの乳首が腰のあたりまで垂れている新喜劇のネタを、手でマネた。

 

わかった、と残念そうに言いながら、わたしはほっとしていた。あぁ、夫はわたしをまだ女として見てくれていたんだ。よし、わかりました。家の中の乳首はパリコレっぽく、堂々とさせていただきます。そして、外ではあなたの妻であることを忘れずにブラジャーを着けていきたいと思います。わたしのズボラ度をちょうどいいところで、受け入れてくれてありがとう。

 

乳首が透けても、そこはパリコレのランウェイ《ふるさとグランプリ》 | 天狼院書店

 

f:id:kinandun:20170623120406j:plain