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まいにちワンダーランド It is Wonderland every day

いくつになっても悩みはつきない。あーでもない、こーでもないともがく日々。けれど、ちょっと目線を変えればふふっと笑えたりする。それがわたしの不思議の国。if you change your perspective slightly, sometimes it makes you laugh. That is your wonderland.

離乳食コーナーは、ダイソーの宝さがし的な。

これ、赤ちゃんの飲みものですよ、びっくりじゃないですか?!

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離乳食も始まったし、暑くなってきたから汗もかくだろうし、ミルク以外の飲みものも飲ませてみようかとイオンの赤ちゃん食コーナーに行きました。

 

お目当ては、むぎ茶。それとジュースはどうかなーくらいで行ったところ、ほうじ茶、玄米茶、十六茶まであった!もちろん、赤ちゃん用。

 

す、すげー!こんなもんまで赤ちゃん用にあるの?テンション上がる。ついでにベビーフードも物色したところ……!

 

 

なんとまぁ、おいしそうな! これで108円。離乳食4回分はいける。ついでに、りんごとトマトのデザート、緑の野菜とさつまいもをササッとカゴへ。旦那さんの視線は気にしない。

 

家に帰ってさっそくフタを開けてみたところ、これ……わたしがごはんにかけて食べたいっ!と思えるほどの良い香り。

 

他にもおかしとか、お湯を混ぜるだけのコーンクリームスープとかあって、「こんなんもある!」「え!これも!?」と、はじめて100均に来たおばあちゃんのような気持ちです。

 

しばらくは、この宝さがしにハマりそう。次はこれ、狙ってる。

 

和光堂 赤ちゃんのおやつ+Caカルシウム 小魚せんべい×6個

和光堂 赤ちゃんのおやつ+Caカルシウム 小魚せんべい×6個

 

 

ゴックン期に!買ってみた(よかった)離乳食はこちら

 

 

おかゆに混ぜるだけ。しらすは、茹でればカンタンに食べさせられるけど、他のお魚はねぇ……と思っていたところに!

 

小さじ1×3個分。おかゆの味もほどよく変わる。使いやすい。その他、豆乳裏ごしも購入。

 

 

 

キユーピー C-56  トマトとりんご 70g×12個

キユーピー C-56 トマトとりんご 70g×12個

 

果物はまだ食べさせていない。デザートって書いてある。ほほう。朝ごはんか食後のデザートね。

 

 

 

サツマイモなんて、オトナのごはんでも使わないもんね。お試し購入。

 

 

伊藤園 健康ミネラルむぎ茶 こどもむぎ茶(紙パック) (125ml×3本)×12個

伊藤園 健康ミネラルむぎ茶 こどもむぎ茶(紙パック) (125ml×3本)×12個

 

小分けパックで衛生的、便利。パックの横を押してピュッと出してあげたら、そのあとチューチュー飲んでた。だけど、こぼれるのでエプロンは必須。飲み残しをいただいたところ……おいしい!



 

 

 

#ベビーフード

#ピジョン

#和光堂

#離乳食

#ゴックン期

 

 

一番大きなショックな事を一生大事に持っていて欲しい。悲しかった、わたしへ

悲しいできごとは、忘れたくても忘れられない。

 

ふっと思い出すことありませんか?

「なんで、わたしが」

「なんで、あんなこと」

「ほんとうに、腹が立つ」

 

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もうあんな昔のこと忘れた、と思っていても、ふとした瞬間に思い出してしまうことがあります。

 

そんなときはたいてい、同じようなことが起こっていて、自分でも気づかないうちに、おなじような選択をしてしまいがちです。

 

忘れたと思っていても心は当時のことを、はっきりと覚えていて、

「あいつが悪い」

「あいつのせいで」

と、ムリヤリ封印しようとするあなたに警告を鳴らしています。

 

ほんとうにそれで大丈夫? 

あなたは傷つかない? 

 

 

ムリに忘れようとしなくていい。

 

皆さんが今までに受けた、あるいはこれから受けるであろう一番大きなショックな出来事を一生大事に持っていて欲しい。忘れないで持っていて欲しい。

 

これは手塚治虫さんが亡くなる数ヶ月前に小学生に話した言葉の一部です。

 

この言葉に出会ったとき、わたしも仕事で落ち込んでいました。忘れよう、忘れようとしてムリヤリポジティブに考えたり、思いっきり相手を憎んでみたり。

 

けれど、一時的には忘れたつもりになっていても、また同じような壁にぶちあたると、忘れていたはずの気持ちがバーンと破裂したようにでてきます。

 

だから、ムリに忘れようとしなくていい。

むしろ、忘れないでおこう。くやしいけれど。

 

なぜなら、それがあなたを守る方法だから。

 

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忘れないのは、未来のあなたのため。

 

手塚さんは、小学生にこう言いたかったのではないかと思います。

 

じぶんが悪いんだと思わなくていい。

 

くやしくて、悲しい気持ちを体験してしまったのは、もうなくせない。でも、そうなったのは、あなたのせいではなく、たまたまそうなってしまっただけ。反省すべきことがあるならすればいい。

 

だけど、相手を憎んだり、思い込みだけで自分を責めても、次にもし同じようなことが怒ったとき、くやしさを閉じこめることしか思いつかない。それができなかったら、相手を傷つけたり、自分を傷つけたりするかもしれない。

 

手塚さんは、このあとに命を大切にしようと言って締めくくっています。

 

いいことも、わるいこともずっと続かない。この悲しさはいつ終わるかわからないけれど、次に起きたときに、そうだ、あのときこうだったから、次はこうしてみよう!って、相手でもなく、昔の自分でもなく、今の自分にいちばんたいせつなことを教えてくれる。

 

だから、ただ忘れずにおきなさいね、憎しみでもなく、責めでもなく。

 

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 一年前にも同じようなことを書いていました。

春は人事異動やクラス替え、転勤、転校など人間関係で悩むときなのかもしれませんね。

 

 

#手塚修

#悩み

#人間関係

二人目はご縁があれば。子どもを産むか産まないか問題。

娘より一ヶ月前に産まれた男の子と会いました。その子のお母さんもわたしの同級生です。気にしいなわたしは、その友だちに会うといつもラクな気持ちになれます。今日は、この言葉に救われました。

 

「二人目はご縁があれば、ね」

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産みたいけど……。

正直に言うと、娘が産まれた直後から二人目はどうしようと誰に聞かれるわけでもないのに、一人モンモンと考えていました。なぜなのかはわかりません。いえ、ウソです。産みたいからです。もうはっきりと言います。

 

だけど「産みたい」というこの気持ちをはっきり口に出せないのには、いくつか理由があります。お金、時間、年齢、それと母の言葉。「子どもは一人でいいよ」え……。娘が産まれて2週間くらいの頃だったと思います。

 

わたしは三人きょうだいの長女です。昔冗談で、「わたし一人にすればよかったのにぃ」と母に言ったことがありますが、今回は冗談っぽくない。弟や妹を産みたくなかったとかそういうことではなく、私の体のことや、三人育てたからわかる苦労をすべてまとめて、その言葉になったのだと思うと、「いいや、わたしは産みたい!」と返すこともできず、「そうやね」と今のところ、同意していることになっています。

 

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産めば楽しい、わけじゃない。

実際、子育てとは、東京の大学に行ったときと同じで、行けばたのしい世界が待っているワケではありませんでした。産めばCMでみるようなキラキラ生活が約束されているなんて、そんな簡単な話はない。

 

寝たいときに眠れない、食べたいときに食べられない、集中しているときに中断される。それもひっくるめて子育てです。テレビやCMは、楽しい部分のキリトリでしかない。私はまだそんなことにも気づいていませんでした。

 

実際、母がわたしにそう言ったときは、体も一番キツイ時で、二人目なんて到底考えられないとも思っていました。

 

母になれたこと、子育てをさせてもらってること、その感謝やありがたみは子ども一人でも充分味わえます。だから、母はムリすることないよ、と私のために言ってくれているのです。それですべて丸くおさまるなら、私もそれでいい。だから旦那さんにそう伝えてみた。だけど、彼ははっきりとは言わず、納得はしていませんでした。

 

 

 

上の子にさみしい思いをさせたくない。

母の言葉のウラには「上の子にガマンをさせるのがかわいそう」というのが隠されています。下の子のベビーカーを押すお母さんのもう片方の手は、荷物でふさがれていて、上の子が後ろから一人で着いていくような姿をスーパーで見かけるたび、「かわいそう、かわいそう」と言ってました。

 

おそらく、自分が長女である私にそうしていたという罪悪感からでしょう。私自身はさみしかったという記憶はありませんが、小学生の頃、弟の頭をたたいたり、妹の足をつねったりしていたのは、「母を取られた」という思いだったのかも、と最近感じるようになりました。

 

それでも産めるものなら産みたい。その産めるものなら、というのは最初にでてきたお金、時間、仕事、そして上の子問題、それがすべて解決すればという話。そしてそれがすべて解決する日なんて、ない。

 

たくさんの子を育てたお母さんはみんな「なんとかなるよ」と言います。それも正しいんでしょう。でも、そのなんとかっていうのは、何かを犠牲にすればという言葉も含まれていて、私はその犠牲はなんなのか、はっきりさせないと先に進めません。だけど、どうやってはっきりさせるのか。考えるとしんどくて……。

 

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子どもの悩みが解決する日は、きっと……ない。

そんな解決策のでない気持ちをふうっと風に乗せてくれたのが、友だちの言葉でした。

 

「ご縁があれば、ね」

 

そう、産むのか産まないのかはっきり決めなくていい。今はそれくらいの気持ちでいい。うっかりできてしまったら、母もそれはそれで張り切るかもしれない(ええ、とか言いながらむしろ、喜ぶかも)。

 

そういえばこの間電話で、「最近、食欲があるんよね」と話したら「二人目やない!?」と言ってきた。いやいや、ないからと返したけれど、そんな風に切り返されるとは思ってなく、驚いた。

 

子どもは割と放任主義だったのに、孫の心配ばかりしている母の意外な一面にも驚いている。子育てには、すくなからず協力者が必要で、そのトップバッターはやはり母なのかもしれないと思うと、旦那さんには申し訳ないが、それなら母が元気なうちにと思ってしまう私なのでした。

 

この悩みが解決する日はきっとこなくて、やってみるしかないのだと気づいてはいます。それでも誰にも話せずモンモンとしてしまうとき、友だちの言葉を思い出すことにします。ありがとう。

 

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#子育て

#二人目

#育児

 

久原のあごだしで、たけのこごはん!ちりめんじゃこがアクセント!

うまくできました。

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ごはんがおいしくできると、自己肯定感がめちゃくちゃ高くなります。子育てで、なすりつけ合いがちなふうふの会話も、

 

「おいしくできたよ」

「うん、おいしい」

 

で、一件落着。

 

つくりかた。

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  • 米四合
  • たけのこ150g
  • あげ一枚
  • ちりめんじゃこ適量
  • 久原のあごだし800ミリ
  • しょうゆ70ミリ※うす味好きなら入れなくてよし

 

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ポイント

米は、洗って冷蔵庫で1時間以上冷やすと、水がゆっくり浸透しておいしい。おにぎりがおいしくできる、ごはんの炊きかたらしく、やり始めたらやめられなくなりました。

 

久原のあごだしとしょうゆを入れて、軽く混ぜる。

 

その上に具をのせる。具は混ぜなくて良い。

 

久原醤油 あごだしつゆ  500ml

久原醤油 あごだしつゆ 500ml

 

 

鎌田醤油 だし醤油500ml 2本入り

鎌田醤油 だし醤油500ml 2本入り

 

 

炊飯器なボタンぽち!

できた!

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トン汁と、

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津田水産、佐世保の干物と、

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もずくと、ピーナッツ豆腐

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カンペキ!

ごちです。 

 

おいしいものは、しあわせを呼ぶ。

しあわせは、おいしいものを呼ぶ。

 

 

あみもりの手料理おすすめラインナップ↓

 

 

 

 

開かれた遺言。わたしは家族以外にも生きたことを知ってほしい。

ここ最近、いつもの3倍のアクセスがありました。ありがとうございます。

この3つが人気です。

 

 

一番人気↓

二番人気↓加筆修正しました。

 

ツイッターではこれが人気

 

 

読まれるってうれしいですね。

ぜひみなさんにもブログをおススメします。なぜなら、

 

 

ブログを見てほしい人は、家族だけじゃなかった。

じぶんで忘れたくないから書く。誰かに知ってほしいから書く。わたしの理由はその2つです。その誰かとは、家族だとずっと思ってきました。だけど、それならブログというかたちで公開する必要はない。日記に書きためておけば、いつか家族が見つけてくれる。

 

ブログの先は見えないけど、アクセス数のすぐ後ろに読者さんがいて。あの人の顔を思い浮かべる。家族以外のわたしを知らない人にも見てほしいからなんです。

 

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なぜ家族以外にも見てほしいの?

考えたこと、悲しかったこと、忘れられない思い出、感動した本、びっくりしたこと、キレイな風景。ちょっと前なら、次の日、学校で会った友達に興奮ぎみにしか話すことしかできなかった思い。

 

だけど、今はシェアボタンひとつで、その場の雰囲気丸ごと、みんなにお知らせできる。気持ちは鮮度が大事。ピッチピチのイキのいいじぶんを友だちにすぐ教えられるなんて。

 

これを使わなきゃ、生きてて損!  そんな風に思うようになりました。

 

 

生きた感情は、遺言になる。

大げさですが、遺言のようなものだとも思っています。ひとつひとつのできごとと一緒に思いを残す。そうすると、ちっぽけに思えたことも壮大なストーリーが背景にあったりして。

 

わたしはいつも「もし○○になってしまったら……」と最悪な想像をすることが多く、最大の最悪妄想は死んでしまうことです。書いていてもコワいけど、もし何かが起きたとき、たとえ寿命まで長生きしたとしても、この気持ちをすべて娘に伝えられない。

 

ブログを書いていることはいずれ話すだろうけど、(できれば私が死んだあとに)あぁ、お母さんってこんな人だったんだと娘が母としてのわたしではなく、母になる前のわたしも知ってくれたらうれしいなと思います。

 

それがわたしにできる、生きた遺言です。

 

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生きる価値は、自分よりも長く生きる人のために。

人ひとりが生きるって、すさまじいこと。365日×何年かわからないけれど、寝て食べて恋して仕事してをくりかえす中に、優しさも悲しみもいっぱい詰まってる。それなのに、本人にとっては当たり前で、なんの価値もないと思っていたりするのがとてももったいない。

 

昨年、あるライターさんが亡くなりました。わたしは亡くなるまでその方を知りませんでした。でもその方の存在を知ってから、どうしても気になって、その方が残してきた膨大な気持ちの記録をすこしずつ読み返しています。

 

「書く」って、みんなが普段言葉にしない思いを、言葉にして共感してもらうことなんだ。

 

読むほどに、引き込まれていきます。日付があるから、わたしがこんな風だったとき、この方はこんなことを思っていたんだと、まるで一緒に生きてきたかのような気になります。

 

なくなってしまうのは悲しいことだけど、人が生きることの価値は、自分よりも長く生きる人が、できるだけ素直に生きられるように気持ちを残すこと。

そんな気がしています。

 

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よかったら、あなたの生きた証を残してください。

たまに、「ブログを続けていてすごいねぇ、わたしも見習わなきゃ」と言われることがあります。そんな人は「わたしには書くことがない。時間がない」と決まって言います。

 

たしかに時間はないかもしれません。わたしもこのところ、更新ペースが落ちてきました。(ひとつに時間をかけている、というのもあります)でも、やっぱりもったいないです。ブログを書く時間の他にしていることがあって、それは残さないとどんどん忘れていく。自分ですら忘れていく。

 

あなたにとってはどうでもいい当たり前ものことでも、他の人には価値があると思うんです。なぜなら、他の人は同じ経験はしていないけれど、同じような気持ちになったことはあるはずだから。

 

人は共感したときに、強くなれる。

 

だから、写真一枚と一行でもいい。できごとだけじゃなく、思いも。今は非公開でも、いずれ誰かに見てもらえたら、かならず価値のあるものになります。今日はブログ論を熱く語りました。まずは自分へ向けて。

 

ではまた。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

婚活女子に告ぐ。売れたきゃ、売れる市場へ行くべし。

わたくし婚活に成功した、あみもりです。

32歳で地元を飛び出し、3ヶ月後の婚活パーティで旦那さんを見つけ、1年後に結婚し、3年後に娘が産まれました。

 

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なぜ、結婚できないの?わたしも悩みました。

どんなに感謝しても足りないくらい、順風満帆にことが進んでいます。そんなわたしですが、大学時代は彼氏ひとりおらず、社会人になってからは結婚したいあまり、すぐに重いオンナになるという相手にも、自分にも申し訳ない恋愛をしていました。

 

自分で言うのもなんですが、福岡の女性はキレイだとよく言いますよね。わたしも福岡育ちです。小さい頃から、長女らしく大きく道を外れたこともなく、まじめに生きてきました。専業主婦になりたいとはいいつつも、それも古い話だとはわかっていました。現に、育休中ですし。料理もできます。キレイ好きです。特に変な趣味もなく、友だちも多い方です。

 

それなのに、それなのに。なぜ結婚できないの?なぜ相手が去っていくの?なぜ出会えないの?なぜ、友だちばかり結婚していくの?なぜ、まだひとりなの?なぜ、なぜ、なぜエェェェ!!

 

 

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お笑い芸人さんを見ればいいんです。

そんな女性たちに幸せになってほしい。それだけの思いから、これを書いています。答えはカンタンです。

 

売れているお笑い芸人さんに学ぶ

 

わたしはお笑いを見るのがすきです。京都に住んで、祇園花月やなんばグランド花月にすぐ行けるようになって、芸人さんをより身近に感じられるようになりました。だけど、知っているのはやっぱり有名な人、テレビにでている人。

 

おもしろい人はたくさんいるのだろうけど、わざわざ探すまではしません。たまたまテレビにでていたら見るし、みんながおもしろいと言っていたら見てみる。それくらいです。

 

結婚したい男子も、わざわざ探すまではしない。

結婚したい男子はいます。わたしの旦那さんがそうでした。だから婚活パーティにきたそうです。そのパーティには30代くらいの男性が60人来ていて、その日のうちに半分の男性がカップルになっていました。

 

いるんです!きっといるんです!どこかに!だけど、あなたをわざわざ探しにくるまではしません。だから、あなたがそこに行くしかないんです。

 

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ネタ(あなた)は変えなくていい。変えるのは場所だけ。

お笑い芸人さんが売れるのもタイミングですよね。裸ネタがウケたり、3人コントが新鮮でおもしろかったり、ひと昔前っぽい女芸人さんが今はぴったりなのかな。

 

それでも、ある日突然ブレイクしたわけではない。小さな劇場、路上?、誰かのネタの間、いろんなところに顔を出して、いろんな人に知ってもらって、たまたま誰かに声をかけてもらう。ちょっとテレビにでる。……ん?  おもしろくない……?   そこからです。

 

今までため込んできたネタ(あなた)を爆発させるときです。ネタ(あなた)を変える必要はない。場所を変えるだけです。あなたを見てくれる人を変えるんです。

 

 

あなたは結婚に向いている(はず)だから、場所を変えてください。

わたしも長年悩んできました。このマジメすぎる性格がダメなのか、尽くしすぎるのが重いのか、キレイ好きはウザいのか……。ぜんぶまちがいでした。なにも悪くない。むしろ、すばらしい。結婚向き。

 

悩んでいるあなたは、けなげです。相手のことを考えているから。自分さえ変われば、とはぜったいに思わないでください。もう一度言います。環境を変えてください。飲みに行く場所でもいい、習いごとでもいい、通勤路でもいい、電車の車両でもいい。

 

 

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信じるものは救われる。だって……!

周りにいる人が変わったら、あなたの良さをわかってくれる人がいます。今、あなたの周りにいる人は、それが当たり前すぎて気づいていないだけです。むかしから知っている人よりも、あたらしい場所であたらしい人と出会ったほうが楽しいですよね。

 

それでは最後に、ブルゾンちえみさんのマネをして!男はこの世に何人いると思ってんの!  そう、35億♡

 

 

おわりに。

こんなことを書くのは、上から目線っぽくて迷いました。だけど、私だけが特別だなんて思えないんです、どうしても。

 

ずっと悩んで泣いて、親に八つ当たりをしたり心配もかけた。だけど、今は欲しかったものがすべてある。そのきっかけは、環境を変えただけだったんです。大きく変えなくてもいいんです。ちょっとずつでも。できることから。その最初の一歩がバージンロードのはじまり。

 

そこでじっとしていても、何も始まらない。春だから、 あたらしいことをしても何にも変じゃないですよ!  あなただけの春がくることを祈っています。

 

 

#結婚

#婚活

#出会い

#春

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

書くとはトイレにいくようなものである。

書く理由をことあるごとに宣言してきた。

 

 

 

なぜなら、書くことはとてもツラく、ないものをしぼり出すようなことだから。それでも奮い立たせるため、なぜ書くのかをじぶんに言い聞かせ続けてきた。

 

ところが、その考えが大きく崩れた。

 

書くことは、トイレにいくようなものである

 

  • 始めると、とめられない
  • 終えたあと、とてもすっきりする
  • 一日あくと、落ち着かない

 

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これは、トイレといっしょではないか。つまり、わたしはツラいことを続けていたのではなく、書くとすっきりするから書いていたのだ。

 

わたしが書く理由。それはトイレと同じようにあたりまえだから。ということは、自分から出たものがどんな形であろうと、どんなタイミングであろうと、誰にもとがめられるものではない。

 

そう思えば、何もツラくない。出ないときは、出ない。水分や運動が足りないだけ。数日待てば、出てくるはず。

 

ただ、できれば毎日出したい。何も食べない日はないように、何も感じない日もない。感じたことを消化し、外にだす。それはわたしにとって、毎日のことでありたい。消化不良は気持ちわるい。

 

そうなりたいから、わたしは今日も書きました。あ、出せました。あー、スッキリした。